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肺がん

肺がん、脳腫瘍 70代男性

病歴

平成11年10月、11月と続けて肺気腫で入院。12年1月に手術。13年10月肺ガンの末期と診断されたが、肺気腫があり手術できず、放射線治療に賭ける。12月よリアガリクスを飲み始めた。14年2月腫瘍が3分の1に。ゲートボールをするまでに回復したので、国産アガリクスに変えた。同年7月、肺ガン転移による脳腫瘍で入院。9月にガンマナイフで治療。同時に再び自然露地栽培アガリクスに変え、腫瘍が消えた。現在は月に1回通院検診のみ。

体験レポート
アガリクスはブラジル産に限ると実感

肺気腫から肺ガンへ

平成11年10月深夜、娘の恵子さん宅の電話が鳴った。一人暮らしをしていた父親の次義さんからだった。息も絶え絶えで「救急車をよんだ」という。肺気腫だった。11月再び肺気腫で入院。肺胞が破れたため、手術できず、12月に手術を行った。これをきっかけに恵子さん家族は次義さんと同居した。
約2年後の10月、月に一度の定期検診で肺ガン発見。進行が早く、1月前には影も形もなかったのに、すでに末期だった。肺気腫があるため手術は不可能、抗ガン剤が効かないタイプのガンだったので、放射線に賭けるしかない。アガリクスは姪の勧めで12月末から飲み始めた。腫瘍がみるみる小さくなり、2カ月後には3分の1に。医師はびっくりしてこういった。「放射線
が効きましたね。このぐらい小さくなれば大丈夫」。

アガリクスの国産に変えたら脳に転移

14年の2月に退院した後、次義さんは車の運転やゲートボールを楽しむほどに回復した。もう安心と5月にアガリクスを国産品に変えたんです」(恵子さん)。
7月中旬、起きてこない次義さんをみにいくと、すでに意識不明。肺ガンの脳転移、脳腫瘍だった。ガンはものすごい勢いで脳までをも蝕んでいたのだ。次義さんは、食事もできず、現状認識できない症状が出た。難病パーキンソン病にかかった母をたった一人で看護した父、穏やかで手のかからない父、その父の荒れ狂う姿を見るのは辛かつた。アガリクスを再びブラジル産自然露地栽培に変え、9月にガンマナイフ治療を行う。ガンの進行が止まった。「放射線がよく効くなあ」という医師の言葉に、家族は笑いそうになったという。
次義さんは再び元気になり、夕食時の一杯のお湯割り焼酎を楽しみにしている。次から次に病気が降りかかった4年間。家族はきりきり舞いさせられた。だが、協力しあってことにあたった家族はいっそう強く結ばれた。

その時家族は

次義さんはパーキンソン病の妻を一人で10年介護して看取った。そんな、意志が強く、弱音をはかないしっかり者の父が、肺ガンが脳に転移したことによって痴呆のような状態に陥った。娘の水町恵子さんは、病気のせいだとわかっていても、ベッドに手をしばられ、意味不明のことを怒鳴り散らす父をみるのが辛かったと語る。もう一人ではおいて置けないと同居を申し出てくれた夫、次義さんに優しくしてくれる娘たちに感謝している。

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