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非ホジキンリンパ腫

非ホジキンリンパ腫 60代女性

病歴

1999年の暮れ、頸、脇の下、股などが腫れ、40度近い高熱が出た。翌年]月、検査の結果、非ホジキン腫と診断。ステージは(5段階の)真ん中。抗ガン剤投与による高熱のため肝移植を断念し一時退院。3月に再度入院し肝移植、10月19日に退院。2000年7月に再発。再び肝移植の予定だったが、諸般の事情で断念し、抗ガン剤治療。暮れに退院。入院中からアガリクスを倍量飲み始める。2002年2月ガンの影が消え、白血球も正常化。

体験レポート がん闘病が夫婦の絆を固く結び合わせた

「先生、腫とガンはちがうんですよね」

病名はリンパ腫非ホジキン腫。どんな病気かわからなかった。ただ、「治療は抗ガン剤投与で行う」という言葉にいやな予感がした。奥さんの洋子さんは、本をたくさん読んでから、医師に聞きに行った。「先生、腫とガンは違うんですよね」。違うという言葉を期待していたが、医師は「状況は5段階の真ん中。3年生存したら少し安心、5年生き延びたら安心」と応えた。
一方田代さんは、周囲は皆血液のガンの患者ばかりの中で否応なく情報が入ってくる。リンパ節のガンだということがわかってきた。「クヨクヨしてもしようがない。ガンなんて自分と関係ない」と思うようにした。
しかし、抗ガン剤の副作用はすさまじかった。吐き気や食欲不振、高熱が下がらず、体力が急激に低下していった。体重も20キロ近く減った。
さらに肝移植後は抗ガン剤の副作用をさらに激烈にした症状との闘いだ。「もうだめかも」と何回も思った。

互いに互いを気遣いあう

洋子さんは、苦しんでいる夫に何もしてやれない無力感にさいなまれた。せめて明るい顔を見せようと、「(髪の毛がないので)まるで火星ちゃんみたい」と笑わせ、帰宅してから泣いた。「このままでは病気に殺される」。洋子さんはアガリクスを探してきた。田代さんぽ「そんなもので治るなら病院はいらない」と思ったが、過労状態の洋子さんに飲ませるため購入した。
こんな精神的葛藤の中で互いの大切さに気がついた。田代さんは「ぼくに何かあったら洋子はどうするのだろう」と思う。洋子さんは、夫が一度として大きな声を出したことがなく、妻にも「ありがとう」と言う優しい人であることを思い知った。
再発後、田代さんはアガリクスを倍量飲み始め、ガンの影が消えた。ガン闘病は人生観を変え、夫婦の絆を強めた。洋子さんは今「この人さえ生きていてくれれば」と思っている。田代さんは「モノより夫婦二人、健康で幸福な人生をおくりたい」と願っている。

その時家族は

田代さんの穏やかで優しい語り口と、控えめに、しかし夫の話の正確さを期するためのフォローをする洋子さん、互いを大事に思っておられることが伝わってきた。ガンになって3年経ったが、まだ安心はできない。しかし「5年後は60歳を越します。ガンではない他の病気になる可能性もあります。ガンをこわがっていてもしかたがないですよ」との田代さんの言葉が心強い。

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