カテゴリー別アーカイブ: 縦隔腫瘍

縦隔腫瘍

縦隔腫瘍 60代女性

病歴

2001年10月初旬より顔、胸、腕などが2倍に膨らみ呼吸困難。10月中旬に市立病院で受診、入院。肺ガン末期、余命1年との結果。専門医が縦隔腫瘍ではとの疑いをもち、11月6日に細胞診のため手術。その結果、縦隔腫瘍で進行中、手術は不可能と診断。強力な抗がん剤治療開始(月2回4~5日続けて投与)。11月30日よりアガリクスを飲み始める。12月中旬にガンが消滅。2002年3月]5日に退院。病院の薬は飲んでいない。外来診療継続中。

体験レポート 持ち前の前向きで明るい姿勢がガン克服につながった

ジタバタしてもしかたがない

初めの症状は顔のむくみだった。かかりつけ医の検査結果を待つ2週間の間に、胸から上は腕も顔も2倍の大きさに膨らみ、ガチガチに固くなって、ぶつけるとゴツンという重い音がした。
気管や食道を圧迫するので息苦しく、横になって眠ることができない。こんなヘラクレスのような状態では外出もできない。かかりつけ医をあてにしてはいられない。
市立病院の医師も驚く顔貌で、顔を確認するために、カルテには膨らむ前の写真を貼った。初めは肺ガンとの診断が出た。「もって1年」。家族はすでに家を出ている長男と長女、同居している次女の三人。長男は驚き泣くばかり、長女は「死なせてたまるか」とガンによいといわれているものをさがしまわった。
ところが、たまたま他の病院から派遣されてきていた医師が桃井さんを見て首を傾げた。転院して検査をした結果、縦隔腫瘍と診断。別名小細胞ガン。縦隔とは喉から食道など肺と肺の間の部分で、ここに発生する未分化の腫瘍は、悪性では急速に症状が出る。桃井さんはたった2週間で大きなガンに進んだ典型的な例だった。胸から上が膨らんだのは、組織が圧迫されて血液もリンパ液も体液も胸郭内に滞つた結果だった。しかもガンはまだ進行中。さらに組織がすべて癒着しており手術は不可能。取り除けたとしても延命は考えにくい。抗ガン剤を投与しても、1年後の生存率は30%と告知された。
子供たちは絶望の淵にあったが、本人は「寿命は決まっているんだから、ジタバタしてもしかたがない」と言い放つ。この強さがガンを克服したのかもしれない。

「腫瘍はどこだ!」

顔が二倍になっているのに、頭にカーラーを巻いて病院の廊下を歩き回っている。細胞診のための胸郭を切る手術後も、鼻から入っている管が抜けると、すぐにベッドから降りてしまう。髪の毛がきちんと整っていないと居ても立ってもいられない、活動的でじっとしていられない。そんな性格は、治療で苦しんでいるときも変わらなかった。「こんな患者もいるのか」と医師を驚かせ続けた。
ふつうの抗ガン剤より強力なプラチナ製剤を、1クールが月に2回、4~5日、24時間投与され、顔はすぐにふつうに戻った。しかし、髪の毛がどんどん抜ける、爪が黒くなる、味覚障害が.出るなど副作用が出始めた。幸いだったのは、吐き気や頭痛、発熱、食欲不振が出なかったことだ。
そして、抗ガン剤投与からーヵ月半後、ガンが消滅した。医師は瞬間、「腫瘍はどこだ!」と叫んだという。このとき桃井さんは、「顔も元に戻ったし、腫瘍もなくなった。ふつうの人と同じになった」と思ったという。
桃井さんは、抗がん剤投与が本格的に始まる前後から、長女が見つけてきたアガリクスを倍量飲んでいたことがよかったと思っている。
だが桃井さんが元気になった理由はそれだけではな’い。入院中に次の旅行の計画をコーディネイトしていたり、退院の翌日の出所祝いと称する飲み会を計画したり、どんな状態にあってもいつも明るく前向きな性格こそが命をすくいあげたのだ。

その時家族は

着物をきちんと着て正座している桃井さんは退院直後とは思えなかった。お話も明るくて歯切れよく楽しかった。同居しているお嬢さんも、「(今朝はどのくらい顔が大きくなっているだろうと思って)朝起きるのが恐かった」と笑う。しかし実は、お嬢さんは会社をやめて母親に付添った。桃井さん自身も胸がつまる思いをしたことがあるはずだ。しかし、お二人の口から一度として辛い、苦しい、悲しし、、涙という言葉は出なかった。

カテゴリー: 縦隔腫瘍 | コメントは受け付けていません。