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前立腺がん2

前立腺がん 80代男性

病歴

23年前の1979年に脳梗塞。軽い右マヒが残り、右目をコントロールできない。83年に前
立腺肥大の治療。93年から94年にかけて胃と大腸のポリ一プを切除。95年と96年の二度にわたって早期胃ガンを内視鏡で切除。97年に再び握り拳大の胃ガンが発見され、胃の全摘手術。2001年6月前立腺ガンⅢ期の宣告を受けて手術。8月よりアガリクスを飲みはじめる。3カ月後に腫瘍マーカーがどんどん下がりはじめ、現在もいい状態にある。

体験レポート
何回ガンになっても「運がいい」と思う明るさがガンを克服

明るい性格がガンを吹き飛ばす

他の病気はさておき、ガンに関しては、検診を含めて先手先手をうってきた。というのは、次男さんの父は若くしてガン死、父親の弟もガン死しているからだ。不安は的中した。74歳の時の胃と大腸のポリープを皮切りに、早期胃ガンを2回切除した後に再び胃ガンを発症、全摘。さらに末期の前立腺ガンの手術と、ガンとの戦いに明け暮れた。
だが次男さんは「早く見つかって、ぼくは運がいいよ」という。「どこも痛くないから、ガンって気になれないんだよ」と笑う次男さんだが、妻のけさじさんは違った。ケセラセラ(なるようになれ)の次男さんののんびりした顔を見ていると、重症ではないように思わせれるが、4回目の前立腺ガンがみつかったときは「大変なことになった」と青
ざめた。病院にまかせっきりにはできないと、本をあさり、アガリクスを見つけて飲ませた。そのかいあって、手術後もなかなか下がらなかった腫瘍マーカーの数値がぐんぐん下がった。
「私たちこれからよ」
それだけではない。動脈硬化や糖尿病がある次男さんの食事づくりには気を遣
う。旬の、できるだけ減農薬の有機野菜を選ぶ。肉や卵、魚も上手に取り入れる。「子どもなんか、あってもなくても同じこと。私たち、これからよ」という、けさじさんの気持ちの現れだ。次男さんはなぜあれほど明るいのか。太平洋戦争の際、ベトナム戦線で生死の境目を見た人の強さから出るものなのか。けさじさんはなぜあれほど明るいのか。役人として妥協を許さず、それがために敵をつくることも辞さずに生き抜いた夫を支えてきた強さから出てくるのだろうか。明るさと強さは同義語なのかもしれない。

その時家族は

4歳下の妻けさじさんと二人暮らし。若い頃は大酒のみで、ずいぶんけさじさんを心配させた。次男さんは、退職後次から次に大病を患ってきたが、けさじさんは決して悲しげな顔を見せなかった。元気で明るい笑顔の下にある、けさじさんの様々な思いを最近ようやくわかってきた次男さんだ。

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