C型肝炎3

C型肝炎 80代男性

病歴

昭和55年集団検診で「何かある」といわれ精密検査。胃潰瘍との診断で胃を3分の2切除。後に胃ガンであったことを知る。それから健康への希求が高まり、食生活に気をつけたり、フィリピンにわたって代替医療の実践に参加すること8回にも及ぶ。平成12年風邪をこじらせて入院。医師からはC型肝炎ではないかといわれるが、放置。同時期からアガリクスを飲みはじめ、現在に至るまで症状が出ていない。

体験レポート
シベリア抑留体験で得た健康への思いをアガリクスに託して

「健康でないと帰れない」
大塚さんの健康観には独特のものがある。というのは、大塚さんの人生哲学の源ともなっているシベリア抑留体験が健康観にも色濃く影を落としているからだ。
ひもじさに耐えかねて何でも口に入れた同僚たちが腹をこわして命を落としていった姿は目に焼きついている。当然のことながら、戦友らは日本の地を再び踏むことはできなかった。「日本に帰るには健康でいなくてはならない。そのためには食べ方を考えなくてはいけない。自分の命は自分で守るしかない」。これが大塚さんの健康観になった。
胃潰瘍といわれて胃の3分の2を切除したが、実は胃ガンだった。戦後復興期に夢中で働き、夢中で食べてきたツケがまわってきたと思った。このとき見舞いにきた知人が「自分で食べるものは自分でつくったほうがいい」という言葉に原点を見いだした。農家の次男だった大塚さんは、本来土に生きる人間だったのだ。

36年の教師生活で疲れた体をアガリクスは癒してくれた

それ以来、山小屋の前庭に畑をつくり、野菜くずを発酵させた肥料を用いてつくった野菜を中心に、塩分控えめの食事を心がけている。
しかし3年前に、医師にC型肝炎の疑いありといわれた際、食べることの注意だけでは健康を維持できないのではないかと思い、アガリクスを飲みはじめた。そのせいか、肝炎の症状はまったく出ていない。「アガリクスは36年間勤めた教師生活で疲れた体を癒してくれた」と語る。
白馬が目の前に見える極寒の土地に暮らす楽しみは、「凍った土の中で生き抜いた植物が雪の中から芽を出すのを見ること」と語る大塚さんは、雪どけが始まると同時に待ちかねたように芽を出す植物に、自らの姿を重ねているのかもしれない。

その時家族は

シベリア抑留から生還し、満州時代に取得した資格を生かして中学校の教師として奉職。定年の半年前に現在の山小屋『ピー坊』をオープン。ピー坊は一人息子の子供の頃のニックネームからとった。何でも1人で決めて1人で実践する大塚さんを、家族は静かに、しかし愛情をもってしっかり見守っている。

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