卵巣がん1

卵巣がん 50代女性

病歴 50代女性

平成10年1月頃より不正出血。しばらく様子をみていたが、異常だと確信して3つの病院を受診。卵巣ガンであることを確認。8月末に手術、抗ガン剤投与。11年2月に退院。12年3月に再発。手術の前後に抗ガン剤投与。6カ月の入院生活をおくる。アガリクスは患者どうしの情報交換の中で知った。使うなら本物をと思っていた矢先に『世界ウルルン紀行』を見て、テレビ局に電話して販売元を教えてもらって購入。退院後ずっと飲み続けている。

体験レポート
現状を正確に把握して治すための最善の努力をし、決してあきらめない

「卵巣腫瘍ですか?」

不正出血が始まった。年齢的に更年期症状が出る時期だったため、楽観していた。だがなかなか改善せず、その間に実家の父が胃ガンで逝った。20年ほど前に母親も膀胱ガンを患った。ガン家系であることを頭に入れ、30歳から市の検診を受けていた。直感的に「病院に行ったほうがいい」と思い、3日の間に3つの病院で診てもらった。ひとつの病院の診断だけでは確実ではないと思ったからだ。
医師の言葉の端々から確信した。「卵巣腫瘍ですか?」。左卵巣に8㎝の腫瘍があった。ステージは3期B。約1週間後に手術。卵巣を含む女性器官すべてと周辺リンパ節を摘出、廓清した。そして抗ガン剤投与。あらゆる副作用が出た。嘔吐、吐き気、下痢、髪も抜けた。「爪と髪は一番元気な細胞。また生えてきます。ウイッグを楽しみました」と明るく語る高橋さんだが、手術までに、卵巣ガンに関する情報を集め、わからないことは医師にとことん聞いた。「自分の命に関わること、終末まで知らないと闘えません。そうならないようにするための情報収集をしました」と極めて冷静だ。

病院でもできる限りふだんと同じ生活を

自らの予測どおり2年後に再発した。ガン細胞は網の目をもくぐる勢いだった。今度は2㎜×4㎝。手術前と後に抗ガン剤治療を行った。心がけたのはふだんと同じ生活をすること。ガンは食べずに体力が落ちることが命とりになる。「50㎏台を維持することに努め、少しでも動けるときは洗濯も散歩もしました」。
アガリクスとの出会いは再発して退院した後。情報は患者仲間から入っていたが、使うなら本物をと思っていたとき『世界ウルルン紀行』で紹介された。すぐにテレビ局に電話して購入。現在ガン細胞の増殖はない。

その時家族は

最初の入院・手術のとき長男は大学入試を控え、長女は小学校5年生だった。「幸い夫が家事一般を任せられる人でしたので」と、3人がそれぞれ役割分担をして乗り切った。子どもたちにも年齢に応じた話し方で病気について説明した。近所や子どもを通じて知りあった方々にも隠さなかった。周囲の協力を得ることができて幸福だったと語る。だが半年にわたる高橋さんの入院生活を支えたのは、けなげに母の留守を守った子どもたちだった。

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